野球人.com

TOP ≫ ARCHIVE ≫ 2013年01月

日本に来てくれた、真のメジャーリーガー【シェーン・マック】野球人No.6

Mack.jpg  
【選手名】シェーン・マック

【チーム】読売ジャイアンツ 他 1998年引退
【ポジション】外野手(センター)

【選手評】

今から約18年前の1994年オフ、野茂英雄が日本球界を飛び出た。
そして翌1995年、全米にトルネード旋風を巻き起こし、
日本人メジャーリーガーのパイオニアとなった。


その一方で、この年は多くのメジャーリーガー達が
活躍の場を求めて日本にやってきた。 峠が過ぎたポンコツではなく、
現役バリバリのメジャーリーガー達だ。


その中に、前年度にミネソタ・ツインズで
クリーンアップを務めていた男がいた。


シェーン・マック 当時31歳。
総額8億円の2年契約で、読売ジャイアンツに入団した。


昔は、日本の野球を見下す外国人選手が多かった(今もいるが)。
怠慢プレー、仮病による欠場、途中帰国・・・・。
酷いケースになると、故障をひた隠しにし、詐欺に近い契約を勝ち取る。


しかし、シェーン・マックは、真のプロフェッショナルだった。
野球に対する真摯な姿勢。ファンを大切にし、常に全力プレー。
特に、フェンスを恐れないダイビングキャッチは見ごたえがあった。


当時のチームメイトの談話。

「打撃に関する質問をたくさん受けたが、悩みのレベルの高さに驚いた。
なぜ巨人は、マックと契約延長しなかったんだ。」 
                                                          落合博満(当時の巨人の4番打者)


「試合終了後の深夜に、ロッカールームで、鬼気迫る形相で素振りをしてました。
凄い迫力で、誰も近づけないです。しかも素っ裸ですよ・・・。これがメジャー
なのかって思いました。」 
                               松井秀喜(当時、将来の4番打者として期待される21歳)



今後も日本プロ野球で、マックのようなプロフェッショナルな助っ人外人が観たい。

【この年のSTATSに注目!】
巨人在籍時の2年間の平均は、打率.284 21本塁打 64打点 出塁率.355 OPS.819
トップバッターとしての役割を、十分果たした。
また、STATSには表れないが、現役メジャーリーガーの試合に対する姿勢など、
当時の松井や若手選手達に、良い影響を与えた。

なぜ俺は好かれないんだ【アレックス・ロドリゲス】野球人No.5

A-rod.jpg

【選手名】アレックス・ロドリゲス

【チーム】ニューヨーク・ヤンキース 他
【ポジション】内野手(三塁手 他)
【背番号】13
【生年月日】1975/7/27
【2013年シーズン年俸】2800万ドル

【選手評】
整った顔立ち、褐色の肌、彫刻のような肉体、そして抜群の身体能力。
神は、この男に多くの才能を与えた。

アレックス・ロドリゲス。

言わずと知れた、メジャー最高年俸のスラッガー。


ロドリゲスは、1994年にわずか18歳でマリナーズでメジャーリーグデビュー。
広角にホームランを打てるパワーと技術、広い守備範囲、
高い成功率を誇る盗塁技術で、瞬く間にスターダムにのし上がる。
1998年には、メジャー史上3人目の40本塁打40盗塁を達成し、
ケン・グリフィーJrと共にマリナーズの打線の中核を担った。


そして2000年、FA権を得たロドリゲスは、10年総額2億5,200万ドルという、
当時、空前の条件でテキサス・レンジャーズに移籍する。
しかし、この契約は、野球界を超えて大きな話題と波紋を呼んだ。


この頃から、周囲のロドリゲスに対する好感度が下がり始める。
事実、監督を務めたジョー・トーリも

「チームの雰囲気を悪くする」
「常に注目を独り占めしたがる」

とロドリゲスが非常に扱いにくい選手だったことを、認めている
今でも多くの選手が彼のことを嫌っているそうだ。


恵まれた才能と、メジャー最高年俸に対する嫉妬だろうが、
「極度のナルシスト」な所も、鼻につくのかもしれない。


ここ数年の凋落で、最高年俸に見合う働きはできていない。
昨年のプレーオフでは、ついに代打を送られた。
契約は、42歳まで、5年総額1億1400万ドル残っている。
だが、どんなに成績が落ちようが、ファンからブーイングされようが、
平然と貰い続けるだろう・・。

【この年のSTATSに注目!】
本人の口から、2001年~2003年に、ステロイド等の薬物の使用を認めた。
確かにこの3年間の成績は、手が付けられない状態だ。

平均すると、打率.305 52本塁打 132打点 OPS.1.011

しかし多くの人々が、「本当にこの3年間だけなのか?」と考えている事だろう。

実際に、ドーピングが厳しくなった、2009年辺りから、成績が急降下している。
なかでも、出場試合数の急降下は、加齢だけによるものではない気がする。
色々な角度から、ロドリゲスのSTATSを眺める事で、多くの事が見えてくる。

俺はセレブじゃない、野球選手だ【マット・ケンプ】野球人No.4

Kemp.jpg

【選手名】マット・ケンプ

【チーム】ロサンゼルス・ドジャース
【ポジション】外野手(センター)
【背番号】27
【生年月日】1984/9/23
【2013年シーズン年俸】2000万ドル

【選手評】

ロサンゼルス・ドジャースのセンターには、猛牛が住んでいる。
ニックネームは、The Bison(ザ・バイソン)
193cm 109kg の巨漢 マット・ケンプである。

メジャーリーグでは、バットコントロール、パワー、スピード、
守備、肩の5つの能力を兼ね備えている事を、5ツールという。
マット・ケンプは、完璧な5ツールプレイヤーだ。
2011年は、「40本塁打-40盗塁」に一歩届かなかったが
前人未到の「50本塁打-50盗塁」を狙っている。

一時は、ハリウッドの生活に溺れて
(ハリウッド歌手リアーナと熱愛、後に破局)成績を落としたが、
「俺は、ハリウッドセレブじゃない。野球選手だ」
と、ストイックに生きる道を選んだ。

一般的に、走れる大砲でいられる期間は短い。
巨漢の選手は、下半身に大きな負担がかかるからだ。
 
先日引退した松井秀喜も、かつては、俊足のセンターだった。
ケンプも10年後は、長打力はあるが、守備範囲の狭い
レフトフィルダーという選手になっているかもしれない。

大砲なのに俊足という、「美しい矛盾」。
少しでも長く、その矛盾を楽しませてくれ。

【この年のSTATSに注目!】
何といっても2011年のSTATSだ。
打率.324 39本塁打 126打点 40盗塁 出塁率.399 OPS.986
ゴールドグラブ賞も受賞。
あと4年は、これに近いSTATSが見たい

愛すべき変人スラッガー【マニー・ラミレス】野球人No.3

Manny.jpg

【選手名】マニー・ラミレス

【チーム】レッドソックス他 2011年引退
【ポジション】外野手(レフト)、DH

【選手評】
日本でラミレスといえば、「アイ~ン」でおなじみの、DeNAのアレックス・ラミレスだが、
アメリカでラミレスといえば、多くのファンは、この男を思い浮かべる。

マニー・ラミレス

生涯打率.312 通算555本塁打 生涯OPS.996 輝かしい成績を残した天才。
マニーのバットコントロール、パワー、打席での自制心は、史上最高の右打者との声もある。
アレックス・ラミレスも非常に優秀な右打者だが、比べる相手が悪すぎる。

しかし、歴代最高の右打者は、歴代最高の変人でもあった。

マニーは、完全にユニフォームを着た子供だったのだ。
チームへの忠誠心なんてものは、ひとかけらもない。
怠慢プレー、やる気のない守備、身勝手な行動、突拍子もない言動。
マニーの奇行は、枚挙に暇がない。

マニーのチームメイト、関係者、マスコミは苦労した。
"Manny Being Manny"という言葉が出来上がったぐらいだ。
日本語に直訳すると「マニーは、いつでもマニー」となるが、
意味としては、「マニーのやることだからしょうがない。大目に見てやれ」
といったニュアンスになるだろう。

マニーがどんなに傍若無人な振る舞いをしても、人々は何故か彼を許してしまう。
それは、マニーが優秀なスラッガーだから、だけでない気がする。
マニーのつぶらな瞳、無邪気な笑顔、純粋で繊細な心、憎めないイタズラ・・・。

そう、やっぱり周囲の人間を "Manny Being Manny"
という心境にさせてしまうのだった。

【この年のSTATSに注目!】
マニーのSTATSを眺めていると、惚れ惚れする。
全盛期の1999年~2006年は、まさに打点製造機である。
なかでも1999年は、なんと165打点。
猛打インディアンスの象徴的存在となった。

ドラッグ地獄から這い上がった男【ジョシュ・ハミルトン】野球人No.2

Hamilton.jpg

【選手名】ジョシュ・ハミルトン
【チーム】ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム
【ポジション】外野手(レフト)
【背番号】33
【生年月日】1981/5/21
【年俸】1700万ドル

【選手評】
日本でも、ダルビッシュの元同僚として、彼の名前を耳にした方は、多いだろう。

ジョシュ・ハミルトン。

重度のドラッグ中毒、3度の自殺未遂から這い上がった、
現代のニュー・ヒーロー。

彼のあまりに衝撃的で、ドラマチックな半生は、
映画化が予定されている。

1999年、高校性のハミルトンは、ドラフト会議で全米1位でタンパベイ・デビルレイズ
に指名される。
高校時代から、スーパースターだったハミルトンは、順調にメジャーリーグへの階段を
昇るはずだった。

だが、悪魔が牙をむく。

2001年シーズン開幕前に、不運にも交通事故にあい、大怪我を負ってしまったのだ。
そして、復帰へのプレッシャーに耐えきれなくなったハミルトンは、あろうことか、
ドラッグに助けを求めてしまう。

あっという間に、コカイン中毒になり、2002年7月に、MLBコミッショナーに薬物使用が
発覚し。25日間の出場禁止処分が下される。

ここからが本当の地獄だった。

全身26か所にタトゥーを入れる等の奇行、8回のドラッグ更生施設入り、
3度の自殺未遂など、廃人寸前まで追い込まれる。
そして2004年からの2年間は、完全に野球界から離れる。

だが、2006年7月、天才は帰ってきた。

周囲の協力を得て、ドラッグを完全に断ち切ったのだ。
マイナーリーグで結果を残した後、シンシナティ・レッズでメジャーリーグデビュー。
入団から8年経っていたが、神はハミルトンを見捨てていなかった。

ここからの活躍は、周知のとおり。
5ツールを備えた最高の外野手として球界に君臨。
今シーズンは、5年総額1億2,500万ドルで、エンゼルスに入団。
これからも新しいドラマを見せてくれるはずだ。

【この年のSTATSに注目!】
昨年(2012年)は、キャリアハイの43本塁打を放ったが、
MVP、首位打者を獲得した2010年のSTATSは、驚異的だ。
打率.359 32本塁打 100打点 OPS.1.044
プレーオフでも大爆発し、レンジャースのワールドシリーズ
進出に貢献した。

男が惚れる男【デレク・ジーター】野球人No.1

Jeter.jpg

【選手名】デレク・ジーター
【チーム】ニューヨーク・ヤンキース
【ポジション】ショートストップ
【背番号】2
【生年月日】1974/6/26
【2013年シーズン年俸】1700万ドル

【選手評】
現役のメジャーリーガーで、将来、野球殿堂入りするであろう選手は、
数名いる。
そのうちの一人、ニューヨーク・ヤンキースのカリスマ・キャプテン。

デレック・ジーター

日本でも、松井、イチローの同僚として圧倒的な人気を誇る。
数字だけを見れば、同僚のアレックス・ロドリゲスには遠く及ばないが、
彼の真骨頂は、 その人間性とリーダーシップにある。

ヤンキースの黄金時代を築きあげた名将ジョー・トーリは、自身の著書で、
ジーターについて、こう語っている。

「ジーターの新人時代、どうしたらこんな人間ができるのかと思った。
最初から言うべきことがあまりなかった。教育というより、どういう人間かを
知りたくて対話した。
彼に接したことのある人間なら誰もが、自分の息子が、ジーターのように
育って欲しいと願うだろう。」

ここ数年、打撃、守備共に目に見えて数字が落ち、このまま黄昏期に
突入かと思われた。

しかし昨年は、2009年以来の200本安打を記録し、健在をアピール。
ポストシーズンで骨折した左足首も順調に回復している模様。

ただ、少しでも選手寿命を伸ばす為に、守備の負担の重いショートから、
外野、DHにコンバートしたほうが良いだろう。

同い年であり、親友であったの松井秀喜は一足先に引退してしまった。
今後のジーターも、年々近づきつつある「引退」の2文字との戦いが待っている。
残り少ない、ニューヨークの英雄のプレーを、しっかりと目に焼き付けておきたい。

【この年のSTATSに注目!】
自身3度目のワールドシリーズ制覇に貢献した1999年のSTATSは素晴らしい。
打率.349(リーグ2位)、134得点(リーグ2位)、219安打(リーグ1位)という、
1,2番に求められる役割を十分に果たしただけでなく、
24本塁打 102打点 OPS.989 は、クラッチヒッターとしても相手投手に脅威を与えた。
01
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31